礼拝説教


2月3

ルカによる福音書 7章11節〜17節


もう泣かなくてよい

平良牧師

 子供を亡くした親の悲しみは、その立場になってみないとわからないというのが、正直なところです。このナインで出会った母親は、一人息子が死んで、その葬儀の列の先頭に位置しており、イエス様一行に向かって、歩いてきていたのでしょうか。イエス様の方は、弟子たちや大勢の群衆が一緒についてきておりました。ひょっとしたら、イエス様もまたその一団の先頭を歩んでいたのかもしれません。この女性はやもめでした。ですから、なおさら、その悲しみは人一倍に大きいものがありました。

 ところで、このお話に似たような物語が、列王記上17章の17節からのところにあります。それは、先日説教した内容のあとに出てくる物語です。前、お話した説教の箇所は、預言者エリヤが、干ばつによって飢饉となったために、神様は、シドンのサレプタに住む、あるやもめのところでお世話になるよう、指示致します。

 彼は、そのやもめに会い、食べ物を所望するのですが、彼女は、自分たちにとって、これは自分と息子の最後の食事だと言います。エリヤは、それでもまず私にパン菓子を作って、食べさせて欲しいと願い、彼女がそのとおりにすると、瓶の油は尽きることなく、壺の小麦粉もなくなることはなく、彼らは、それで生き永らえることができたという話を紹介したかと思います。今日の聖書の箇所と類似のお話は、エリヤがこのやもめの世話になり、命を守られたという話のあとに続く形で、でてまいります。このあと、この女の息子が病気になり死んでしまいます。

 それで、彼女は、エリヤに「神の人よ、あなたはわたしにどんなかかわりがあるのでしょうか。あなたはわたしに罪を思い起こさせ、息子を死なせるために来られたのですか」と訴えるのです。それで、エリヤは、「神よ、わが神よ、この子の命を元に返してください」と願い、息子は、生き返ったのでした。

 このルカによる福音書の7章の11節からのお話の16節「人々は皆恐れを抱き、神を賛美して、大預言者が我々の間に現れた」と言ったのは、イエス様のお姿にあの預言者エリヤの姿が重なったからでした。もちろん、大預言者という表現には、それ以上のお方として、イエス様のことを考えた者たちもいたという解釈も可能でしょう。

 さて、ルカに戻りますが、このナインのやもめにとって、こどもは一人息子でした。やもめとなってから、不安定な生活を強いられながら育てていた一人息子でしたが、ある意味では、この子どもの存在があったからこそ、希望を失うことなく苦しく厳しい生活にも耐えられたということがあったのではないでしょうか。そのたった一人の息子が死んでしまったのでした。原因は何であったかは書かれていません。サレプタのやもめの息子のように病気にかかったのかもしれません。サレプタのやもめは、あのときエリヤに言いました。「あなたはわたしに罪を思い起こさせ、息子を死なせるために来られたのですか」。

 痛烈な嫌み、皮肉とでも言ったらいいのでしょうか。しかし、このときのやもめも、おそらく、それほどに傷つき、行き場のない思いにかられていたのではないでしょうか。ルカのナインに住むやもめの心境は語られていませんが、おそらく、サレプタのやもめのような思いがどこかにあったと思います。

 どうして、私の息子は死んでしまったのか、私の何が悪かったのだろうか、神様に対してそんなに大きな罪を犯したのだろうか、そして、あれこれと自分の足りなかったことを数えはじめていた可能性も否めません。この母親に何かの大きな落ち度があったわけではありません。

 しかし、世の人々は、いったい親は何をしていたのだろうかと陰口をたたいたりします。今においてもなお、後をたたない、いじめの報道などを聞いていても、考えてしまう人々は少なくないと思います。ちなみに、夫でも、子どもの身に何かあったりしたときには、こうなったのは、お前の子育てのせいだとか何とか、言ったりするものなのです。自分は何もかかわらなくて、家庭のことは妻に任せっぱなしだったのにもかかわらず、自分の責任を棚に上げて、そのようなひどいことを言ったりするものなのです。

 しかし、妻の場合、子どもを失った悲しみもさることながら、自分を責める気持ちや、他者からの心無い言葉を浴びせられたりと、これはもう私は父親であり夫の立場なので、想像するしかできないのですが、とてつもなく大きな重荷や心の傷を、母親であり妻である身は、負わせられるのが現実の社会ではないでしょうか。

 ですから、このナインの町で、起こった出来事は、非常に私たちには感慨深く、すべての希望がここに語られていると言ってよいかと思います。この女性には、町の人が大勢そばに付き添っておりました。イエス様の群れは、病を癒すなどの奇跡をなさり、神の国のお話をされ、人々の期待を一心に集めている話題の人を中心にした、希望に溢れている群れでした。

 片や、女性の群れは、やもめという貧しく厳しい状況のなかで暮らしをなし、唯一の希望であった一人息子をさらに亡くした、深い絶望のなかにある者と悲しみを共にしている者たちの群れでした。その両者の列が、ナインという町で出くわしたのでした。絶望と希望、失望と期待、終わりと始まり、悲しみと歓喜、暗と明、そして、死と生、すべてのものが対照的な二つの群れが対峙するようにして出くわしたのでした。イエス様は、まさに、死と絶望に、敵対するかのように、彼女の前に現れたのでした。そのとき、何が起こったのでしょうか。

 「主はこの母親を見て、憐れに思い、もう泣かなくてもよい」と言われたのでした。もう泣かなくてもよい、などという言葉を吐くことのできる人間がいるでしょうか。それができるのは、イエス様しかおられません。私たちにできることは、悲しみにくれている方のお話を聞いて、悲しみを共にして、寄り添うことくらいしかできません。「もう泣かなくてもよい」、それは、このお方が、そう言える根拠をもっておられるからです。私たちには「もう泣かなくてもよい」などと言える根拠は、何一つないのです。なぜなら、この息子は死んでしまったのですから。

 イエス様は、この母親を見て、憐れに思いました。イエス様が、まず、このやもめに目を留められたということから始まりでした。イエス様は、この女性をご覧になられたのです。そして、彼女のことを憐れに思われました。当時のことですから、彼女の悲しみを共有するために、泣き女と言われるような人々が加わり、悲しみを助長することに一役かっておりましたが、それは、そうすることで、こういう場合は返って慰められることになったわけです。多くの女性たちが泣いているなかで、イエス様は、「もう泣かなくてもよい」と、このやもめに言われました。つまり、悲しみに終止符を打たれたのです。

 そして、イエス様が、近づいて棺に手を触れられると、担いでいる人たちは立ち止ったのです。もう、泣く必要もないし、この死者を町の外に担ぎ出す必要もなくなったのです。当時は、生きる者と死せる者とは、住む場所が異なりました。死者は、町の外に連れ出されることになりました。そして、墓地は、町の外につくられておりました。

 すべての事柄は、イエス様が私たちに目を留めてくださることから始まります。そして、この私を憐れんでくださることによって、私たちの大きな悲しみや苦しみは取り除かれるのです。

 イエス様は、この息子に目を留めたのではありません。最初に目を留められたのは、泣いているやもめに目を留められました。悲惨ともおぼしきその姿にイエス様は、たいへん心動かされました。しかし、その悲しみのもとにある人の死、一人息子の死が彼女をそうさせていたのですから、それに対するイエス様の強烈な思いがありました。このあと、イエス様は、息子に目を留め、「若者よ、あなたに言う。起きなさい」と言われました。生きている者も死んでいる者も、イエス様の支配のもとにあることがわかります。

 イエス様は、生前、神の国がどのようなところなのかをいろいろなたとえを用いてお話しされました。まさに、このとき神の国がそこにはあった、神の国がそこには生まれていたといった方がいいかもしれませんが、そういうことが言えるでしょう。イエス様が、そこにおられて、イエス様の意図がそこらに十全に満ちている、そこは神の国と言えるのではないでしょうか。

 そして、起き上がった息子を母親にお返しになりました。母親から奪われてしまったものが、戻ってきたということです。人々は皆恐れを抱き、「神はその民を心にかけてくださった」と神様を讃美しました。このときの出来事は、決してこのやもめ一人に起こったことではなく、民全体に対してなされた神様の恵みであったことがわかります。ですから、教会で起こる出来事、一人一人に対して起こる出来事も、それは、決して一人に対して起こった出来事ではなくて、教会の民全体に対して起こった出来事であるといった認識を持つ必要があるのでしょう。そして、それは証しとなり、信仰の確信へと発展します。

 ところで、今の日本社会は、死に対してどのような見方、考え方をしているのでしょうか。それを考えますときに、一つの例として、最近の葬儀の形態を考えざるをえません。家族葬という形で家族だけでやる葬儀の形もありますし、直葬なるものまで、最近はなされるようになりました。直葬というのは、病院や施設、あるいは自宅で看取ったあと、葬儀をしないで直接火葬場へと死者が送られていき、そこで簡単な何らかの儀式めいたものを遺族たちはするのでしょうが、そこに宗教がかかわらない場合も多いようです。

 そして、それで終わりです。人の死の扱いが、とても軽くなされるようになりました。それは、高齢化社会になって、家族以外は誰もその人物を知らないということもありますし、葬儀にかかる費用を支払うことができないということもあります。それにしても、死に対してあまりにも軽い扱いに私たちは一種のためらいと危機感を持つのです。

 死を考えるゆえに、今の生を私たちは大事にし、さらに見つめ直すこともいたします。しかし、死を軽く考えるということは、今生きていること、生そのものを、軽く考えることになるのです。今の日本社会には、命の尊厳が危ぶまれる時代が到来しているのかもしれません。

 真実に、死を恐れることは必要かと思います。イエス様は、死というものを体験されました。それも十字架という悲惨な死の体験をされました。しかし、父なる神様により、三日目に復活させられました。この死と復活を知っておられる方が、私たちの主です。

 イエス様が、「もう、泣かなくてもよい」とやもめに言われたのは、イエス様ご自身が、この息子の命を甦らせようと、このとき考えておられたからです。イエス様が私たちに憐みをおかけになるとき、たとえ、死という絶望の極みのような状況がそこにあったとしても、それは大きく変わりうるのです。

 例えば、今日のこの礼拝においてもまた、私たちは、イエス様のなさった業をとおして、死を乗り越えることを教えられるのです。葬儀の列に真っ向から立ち向かっていったかのようなお姿のイエス様は、それは、礼拝の冒頭で読みましたコリントの信徒への手紙一15章の55節「死は勝利に飲み込まれた。死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか」と言ったパウロの言葉と重なります。

 ナインの町で一人息子を生き返らせたイエス様、また、このパウロの語った言葉などを読みますときに、私たちは、大きな慰めと励ましと希望をいただくことができます。それは、死に勝利されたお方のみが、「もう、泣かなくてもよい」と言いうるのです。


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