巻頭言


7月15日

創世記 18章16節〜33節

とりなしへと招く神

平良 牧師

 創世記12章からはイスラエルの父祖アブラハムの物語が始まります。彼らは羊の群れを連れて移動する羊飼いで、天幕住まいの家族です。移動を繰り返す牧羊生活は寄留者の生活で、平和でも牧歌的でもなく、行く先々で様々な困難に出会います。ある時は策略を用いて、ある時は目に見えない神の約束を信じて様々な困難を乗り越えていくのです。 

 アブラハムの物語は、「あなたはあなたの地、あなたの親族、あなたの父の家から出て、わたしが示す地に行きなさい。」(12章1節)と神がこの様に彼に命じるところから始まります。そしてアブラハムは、「あなたをますます繁栄させ、諸国民の父とする。王となる者たちがあなたから出るであろう。」と神さまから篤い信頼を得るのです。

 アブラハムは「父の家」を出た時、若くして死んだ弟の息子である甥のロトを連れていました。カナン の地で、それぞれに家畜や財産が増えたので、アブラハムはロトと別れることとし、ロトは潤いのあるヨ ルダンの低地に移動しました。そこには悪徳の町ソドムとゴモラがありました。しばらくして、ソドムとゴ モラを滅ぼそうとしている神の計画がアブラハムに告げられます。アブラハムは甥のロトをおもんばか って、義人と悪人をともに滅ぼすようなことがあってよいものか、と神に詰め寄ります。

 創世記18章か らは、アブラハムが神と値引きの様な交渉を行う有意義な箇所です。たとえ神がくだされることであっ ても、「おかしいものはおかしい」と神に詰め寄る様は、私たちが日常生活に起こることで、つい見逃さ れてしまいがちな事柄に対して、大変見習うべきことだと思います。この交渉は大変小刻みです。アブ ラハムは言います。ソドムに人の正しい人がいても、神よ、あなたはソドムを滅ぼすのですか。

 それに 対して、神は「もしソドムに50人の正しい人がいたらその人のためにソドムを赦す」と言われます。次 にアブラハムは、45人の場合はどうですか。45人それでも滅ぼさない。40人いたらどうするのですか。という具合に、値引き交渉のように人数を減らしていき、遂に10人までいき、ソドムに10人の正しい人がいたらソドムを滅ぼさないという神の確約を取るのです。流石アブラハムだと感心させられてしまいます。十分に見習うべき、交渉のお手本であると言えます。


7月8日

創世記 12章10節〜20節

神様の恵は止まらない

平良 牧師

 アブラムが、ネゲブ地方に移り住んでしばらくして、飢饉が起こりました。彼は、その飢饉がひどかったので、エジプトに下り、そこに滞在することにしました。カナン地方のシケムからはどんどん遠くになっていきました。そのことをアブラムは、あまり意に介していないようです。「あなたの子孫にこの土地を与える」と言われた神様の言葉をどのように受け止めたのでしょうか。

 そして、その祝福の約束を信じたゆえに、父テラをおいてハランをあとにし、カナンの地へ旅立ったのではなかったのでしょうか。しかし、その場所に来たときに、彼はその土地に留まる意思を示すことなく、転々としたのでした。そして、カナンの南のネゲブに来たときに飢饉にあい、そこも立ち去ることにしたのです。ところが、アブラムは、いよいよエジプトに入るときに、妻のサライを妹だと偽ることにしました。それは、サライが美しいので、エジプト人がサライを見て、「この女はあの男の妻だ」というので、アブラムを殺し、サライを生かすだろう。もし、自分の妹だと言えば、「わたしはあなたのゆえに幸いになり、あなたのお陰で命も助かるだろう」と、考えたのでした。

 そして、結果は、アブラムが考えたようになりました。エジプト人はサライを見て大変美しいと思い、ファラオの家臣たちもそのように思って、サライのことを褒めたので、ついに、サライは、ファラオの宮廷にファラオの妻として召し入れられ、アブラムも彼女のゆえに幸いを受け、羊の群れ、牛の群れ、ろば、男女の奴隷、雌ろば、らくだなどをもらい受けたのでした、アブラムの考えたとおりになりました。

 ところが、神様は、このことで、ファラオと宮廷の人々を恐ろしい病気にかからせました。それによって、ことの真相を知ったファラオは、一連の出来事は神様のなさったことだと考えたからでしょうか、「さあ、あなたの妻を連れて、立ち去ってもらいたい」と言って、彼らを立ち去らせたのでした。


7月1日

創世記 12章1節〜9節

主の言葉に従って旅立つ

平良 牧師

 アブラムは、他の二人の兄弟ナホルとハランと共に、彼らの父のテラが、70歳になったときに生まれた子供でした。そのあと、ハランは父のテラより先にウルで死に、ナホルはどうなったかは書かれていません。しばらくして、テラは、息子アブラムとハランの息子のロトとアブラムの妻サライを連れて、カルデアのウルを出発し、カナン地方に向かい、ハランという土地に定住します。それが、いつ頃だったのかは、わかりません。

 テラは205年の生涯だったとありますので、息子のアブラムは、その父を残して、そのハランを出発したのが、アブラム75歳のときですから、そのあと、テラは、ハランで60年間過ごしたことになります。アブラムは、父テラが死んだことを区切りとして、ハランを旅立ったのではなく、まさに、主の召命によって、父テラの存命中に、父親をある意味では捨てて旅だったことがわかります。

 それも、それまで蓄えた財産をすべて携え、ハランで加わった僕たちもすべて連れてカナン地方へ向かっての旅立だったのでした。当時の時代状況を考えてみますときに、長年慣れ親しんだ土地を捨てて、他の土地へ行くなど、しかも、そこがどういう土地かもわからないままに、今いる土地を離れるなど、とても危なくて考えることは普通できなかったのではないでしょうか。見ず知らずの土地へ行くというのは、自分たちを守ってくれる知人も何もないわけですから、命がけのことであったはずです。

 しかし、神様の言葉が、アブラムに臨んだとき、彼は、神様の祝福の約束を信じたのでした。「アブラムは、主の言葉に従って旅立った」とあります。ヘブライ人への手紙11章の8節には「信仰によって、アブラムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召し出されると、これに服従し、行き先も知らずに出発したのです」とありますが、まさに、このときのアブラムの行為は信仰であったと思われます。