牧師室


4月22日

キリスト者は献身者

平良 師


 ハンキンス先生は、宣教師魂を持っておられる。先生は、ほんとうに献身者であり、これまで日本人を愛してくださった。そして、未信者の魂が一人でも救われることを心から願われた。
 献身者は、神に仕え、人に仕えている人だと思う。だから、牧師であろうと、一信徒であろうと、献身をしている人々は当然いくらでもいる。こういう人々は、自分の生活は二の次である。自分が他者に認められるとかそうでないとかは、どうでもよい人々だ。自分を守る姿勢も持たない。守るべきは、自分の神様への誠実な信仰だけであって、すべてのことは神様が何とかしてくれると信じている。
 真実に神様と出会ったのなら、このお方に従うことを誓ったのなら、自分の十字架を負って、命を賭けて歩んでいこうと人はするだろう。献身者には、苦しい体験のなかでイエス様と出会って、救われたという実感を人一倍に持っている方が多い。だから、感謝に溢れ、他者の苦しい思いや状況にも寄り添い、神様からのどんな労苦も厭わない。しかし、牧師であり、献身者と言われている者のなかには私のように甘い者もいるのも事実で申し訳ない。
 それでも、その多くは赦されて、その任に与らせていただいている。教会員で、この方は献身をしているのだと思う人は、神に仕え、人に仕え、共にキリストの教会を建て上げようと一生懸命である。私は、平尾教会のすべての信徒たちは、献身者だと言いたい。


4月15日

ついに、スマホデビュー

平良 師


 通信量1ギガの初心者向けのスマホを手にした。意外にも、これは面白いと思えるから、非常に驚きである。面倒くさがり屋のこの私が、である。ちょっと、これからの人生、もう少し楽しめるかもしれない。仕事柄、5分ごとにかけ直しをするわけにもいかないので、通話し放題のプランで、6,000円超である。
 これまで、妻がタブレットを使っていたが、携帯電話はガラ系であったから、私の方が少し先を行くことになったのかなあ~と、考えるのはまだ早い。まだ、何もできないのだから。ただ、今日初めて自分のスマートフォンを手にして、喜んでいるだけのことだ。
 写真をとって、Uさんに送るぞ〜!DCGの建設途中のパイプオルガンを撮ろうかな。釣り上げた生きの良い鯛をかざしている自分を撮ろうか。スマートフォンを手にしたというので、えらくはしゃでいる自分に気づく。落ち着け、落ち着け、これからだから急ぐことはない。
 手にするまでは、憂鬱だった。これまで何と二度も、携帯電話の店員さんに、お客さんはガラがよいかと思います、なんて、ちょっと侮辱的な扱いを受けてきただけに、今回も初めは気持ちが今一つ入らなかったのだが、幾人かの方から、スマホかタブレットを持った方がいいんじゃないですか、と助言をいただいて、意を決してお店に入ったのだった。実は、娘に助っ人になってもらって、店員さんにいろいろと尋ねてもらったのである。ところで何のために神様はこれを私に・・


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