風囁


4月15日&22日

私がうつを通して感じたこと①&②

Y.R

 

 私は現在、抑うつ神経症、所謂うつ病の只中にいます。この病気は、気分が落ち込み、思考や意欲といった精神機能が低下するというものです。
 そのため、現在は仕事を休職し、実家にて療養をしております。この状況は、一見絶望の中、光の見えない状態に感じます。しかし、この1ヶ月あまりの療養期間中、私は神様のご計画の存在を実感する、かけがえのない時間を過ごしています。
実は、私がうつにかかったのは、今回が初めてではありません。昨年の夏に、職場での人間関係のストレスにより、うつ病を発症しました。病院で診断を受けた時、私の頭の中は混乱・絶望・焦りで埋め尽くされました。「自分は一体どうなってしまうのだろうか」。全く先が見えませんでした。
 約1ヶ月間実家で療養した私は、医師の忠告を無視し、十分な治療を受ける前に職場復帰をしました。職場に迷惑をかけるわけにはいかないという思いがあったからです。その結果、半年ほど働いた後、再度うつ病を発症する結果になってしまいました。
 前述した通り、現在は実家での療養生活を送っています。まずこの状態を報告した相手は、大名クロスガーデンの牧師である森崇先生です。先生は私の思いをまっすぐに受け取ってくださいました。先生とは週に一度、聖書を朗読する時を設けて頂いています。その際、先生から伺ったお話の中で、感銘を受けた内容があります。それは、生きていく中で、「being・doing・knowing」という3つの焦点があるというものでした。

 この3つの中で一番重要なのは、「being=存在」です。何をするか(doing)、何を知っているか(knowing)ではなく、自分という存在を一番大切に考えるという生き方を教わりました。この事柄を知ったとき、私はまさに、目から鱗が落ちる思いでした。「わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ書43章4節)という聖句が頭に浮かびました。
 それから私は、自分の弱さと正面から向き合うことを決意しました。私の弱さとは、「感情を抑制してしまうこと」・「弱みを他人に見せることができないこと」の二つです。この二つの弱みに共通していることは、「他人の目を強烈に気にしてしまうこと」です。いつの日からか、私は他人の顔色ばかり伺い、自らの感情や考えを殺して生きていました。そのせいで、私は自分がしたいことや、感情が分からなくなっていたのです。
 自らの弱さを克服するためにまず取り組んだのが、母親との会話でした。実は、私はこれまで23年余りの人生の中で、両親に相談したという経験がありませんでした。なぜなら、両親に対して心配をかけたくなかったからです。自分のせいで、両親が不幸な思いになるのを恐れていたのです。しかし、このままでは自分を変えることはできないと考えました。
 そして、私は母親に対して、病気・仕事・悩みについて、包み隠さず語りました。するとどうでしょう。今まで心に広がっていた、深い霧に光が差しました。私は今までの人生で経験したことがないほど、母親と深い会話ができたのです。自分の思いや感情を表現することが、こんなにも心地よいものなのかと驚きました。そして、神様の癒しと守りを感じることができました。

(次週に続きます。)


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